LOGIN第九十六話 刀狩り
明治九年、時代が大きく転換していく。
「聞いたか? 武士の階級が無くなるんだとよ……」
吉原でも噂になっていた。 まだ幕府があった頃、武家など多くの大名に仕えている家は特例処置が施されていた。 その後、士族と呼ばれるようになり、家禄支給と呼ばれるものだ。
政府から恩給という形で財を得ていた武家や華族などに渡さないこととなった。 秩禄処分という形で公債となっていく。
そして士族を含む、一般国民の帯刀が禁止され武家の象徴であった刀の時代が終わりを迎えた。
「それって、何かが変わるってこと?」 小夜がキョトンとして聞いてくると、
「そうだな…… 少し寂しいが、これも時代なのだろう
第九十七話 ラシャメン「いってきます……」 梅乃が学校へ向かう時「いってらっしゃ~い」 一番年下の三枝が大きく手を振って見送る。(かわいいな~) 梅乃は三枝の頭を撫で、元気に登校していく。学校へ着くと、教室が騒がしい。 その中で東郷だけがソワソワしていた。なぜなら学校で梅乃が吉原から来ているという話しが駆け巡っていたからである。実際、梅乃は遊女ではない。 それを東郷は知っている為に噂を否定したいのだが、逆に『遊女にハマった男』と言われるのを恐れてしまったのだ。学校に通っている者は医師の子供や士族など、金持ちが多い。 そうした者は吉原の、遊郭の娘である梅乃を卑下して見るようになっていたのである。(梅乃ちゃんは、そんな娘ではない……)一緒に麻疹と戦った者として否定したいのだが、先日に言われた事を気にしていたようだ。『これは真《まこと》の事ですから…… それに、実家が遊郭だからって恥じることもございません。 噂や他人の目が気になるようでしたら、私と一緒に居ない方がいいと思います』 梅乃が言った言葉が東郷の脳裏をよぎっていた。(でも……)東郷がチラッと梅乃を見ると、梅乃は黙って教科書を読んでいた。そして昼になり、梅乃は一人で弁当を口にする。東郷も梅乃の様子を見ながら
第九十六話 刀狩り 明治九年、時代が大きく転換していく。 「聞いたか? 武士の階級が無くなるんだとよ……」 吉原でも噂になっていた。 まだ幕府があった頃、武家など多くの大名に仕えている家は特例処置が施されていた。 その後、士族と呼ばれるようになり、家禄支給と呼ばれるものだ。 政府から恩給という形で財を得ていた武家や華族などに渡さないこととなった。 秩禄処分という形で公債となっていく。 そして士族を含む、一般国民の帯刀が禁止され武家の象徴であった刀の時代が終わりを迎えた。 「それって、何かが変わるってこと?」 小夜がキョトンとして聞いてくると、 「そうだな…… 少し寂しいが、これも時代なのだろう……」 こう話すのが勝来である。 勝来は武家に生まれ、父親の失脚により吉原に売られた経緯を持つ。 「元、大名の方が来てくれていたから三原屋《ウチ》は大丈夫だったが…… これからどなるやら……」 妓楼主はため息をつくしかなかった。 特権こそが売り上げを左右していたからだ。 「まだ、諦めるのは早いわよ。 しっかり前を向いていきましょう」 勝来が妓女たちの心を引き締める。 ここで弱気になっては衰退してしまう危うさを感じていたからだ。 勝来が花魁を襲名するまで、あと少し。 立派に資質が備わってきていた。 政府は本格的に時代への舵を切っていく。 これにより士族からの反発
第九十五話 定め斬り 「姐さん、おはようございます……」 梅乃は、朝から瀬門の看病の為に鳳仙楼に来ていた。 (身体が熱い。 まだ熱が高いな……) 梅乃が冷たい手ぬぐいで身体を拭いていると 「梅乃…… ごめんね」 瀬門の細い声が聞こえてくる。 「ここ、痛みますか?」 瀬門の身体には発疹があり、その部分を優しく撫でると 「うっ― 痛いような痒いような……」 梅乃が発疹をマジマジと見ていく。 (これって、少し汁が出るんだ…… これが感染なのかな?) 発疹が出ると、つい掻きたくなってしまう。 すると汁が付き、それで媒介してしまうことがある。 つまり、飛び火というヤツだ。 梅乃は瀬門の指先を見る。 (爪にも皮が入っている…… この手で、何かに触り他の人が後に触ったら……) 梅乃は襖を開け、 「すみません…… 誰かいらっしゃいますか?」 大きな声で叫ぶと、同じ二階にいる花緒がやってくる。 「どうしたんだい?」 花緒が足を前に進めてくると、 「そこまで! これ以上は来ないでください」 梅乃の目が厳しくなる。 「感染しますから、これ以上は……」 梅乃が軽く頭を
第九十四話 白衣 土曜日、梅乃は学校で授業を受けていた。 そして講師が最後に 「来週から解剖学をするから白衣を持参するように」 梅乃は紙に書き、来週からの授業を予定していく。 「梅乃ちゃん、帰ろう……」 仲良くなった東郷は梅乃と帰っていく。 「なんだよ、随分と手が早いじゃないか」 茶化す生徒も出てきたが、梅乃は初めての学友となる存在を知ることになった。 吉原に戻ると土曜日は夜見世が忙しくなる。 古峰と三人の禿は走り回って妓女の世話をしていた。 「ただいま戻りました」 梅乃が玄関に入ると、 「梅乃、おかえり」 小夜が出迎えに来ていた。 小夜は新造となったが、引っ込み新造の為に客を取ることが出来ない。 身を隠すのも仕事な為、時間を持て余していた。 そこに岡田がやってきて「梅乃、学校はどうだ?」 と訊くと、梅乃は頭を下げ 「本当に楽しいです。 毎日が医術の勉強で、知らないことも沢山…… 教わっていて楽しいんです」 そして、梅乃が書いたノートを見せると 「随分と書き込んでいるな…… 紙が足らないだろ?」 そう言うと、岡田が部屋から大量の紙を持ってくる。 「岡田先生……」 岡田は吉原の外に出ると、必ず梅乃の勉強に必要な物を買いそろえていた。 「それで、今度の必要な物はなんだ?」
第九十三話 衝撃梅乃は学校に通うようになった。 岡田が稼いで学費を払ってくれている。梅乃は支度を済ませると「梅乃、待って!」 小夜が引き留める。「どうしたの?」 梅乃がキョトンとすると「これ、学校で食べて」 小夜はお弁当を渡す。「どうして……」 梅乃は感動のあまり、身体が小刻みに震えている。「ずっと勉強でしょ? みんなが持っていっているのに、梅乃だけが持っていないんじゃ恥ずかしいよ~」「小夜……」 「ほら、遅れちゃうよ。 これ持っていってらっしゃい」小夜が笑顔で見送ると、梅乃は元気に吉原を出ていった。「さ 小夜お姉ちゃん、大丈夫?」 古峰が聞くと、「大丈夫よ。 古峰だって同じじゃない」二人の朝食の白米を梅乃に分けていたのだ。 少しの白米にして、残したものを おにぎりにして梅乃のお弁当として持たせていた。“ぐうぅぅ……”当然ながら昼見世の前にはお腹が空いて鳴り始める。「あはは…… 鳴っちゃった」 小夜が笑って誤魔化していると「わ 私も……」 二人は笑いながら励まし合っていく。学校についた梅乃は、教室を探している。「ここかな?」 梅乃が教室に入ると、クラスの生徒は大人ばかりだった。
第九十二話 名字「おはようございます……」 梅乃が早くに岡田の部屋に顔を出すと、「あれ?」 岡田は出掛けていたようで、ポカンと部屋を見つめている。「う 梅乃ちゃん、今日も勉強なの?」 古峰が話しかける。 ここ最近、梅乃は勉強ばかりで禿としての関わりが少なくなっていた。「ごめんね、古峰…… 仕事を押しつけちゃって」「大丈夫。 一花たちも頑張っているからさ。 う 梅乃お姉ちゃんが医者になれば、私も花魁になれるから……」 古峰は梅乃に心配かけまいと笑って振る舞うようにしていた。この日、岡田は朝から外出をして吉原から出ていっていた。 三原屋には往診の依頼が来ていたが、梅乃の悪い噂もあり断っている。(死神か…… 確かに多くの人が死んでいった。 赤岩先生や絢も…… 本当に私が医者になって良いのだろうか……)梅乃は筆を止めることなく医術書と向かい合っていた。「お婆、失礼します」 采の所に片山が来ると、「なんだい? どうしたんだい?」「実は……」 片山が采に耳打ちをすると「本当かい? よくやった!」 采の声が響く。“ビクッ―”その瞬間、梅乃の背筋が伸びる。 やはり采の大声には無条件で反応してしまうようだ。「どうしました?」 梅乃が采の
第六十五話 春の嵐「おはようございます。 姐さん……」 梅乃が挨拶をして大部屋にやってくる。「おはよう、梅乃♪」梅乃が鳳仙楼にやってきて一ヶ月が経とうとした頃、妓女たちは『梅乃ちゃん』から『梅乃』と呼ぶようになっていた。 「ようやく見世が再開できて良かったですね♪」 「ありがとう…&hell
第五十七話 木枯らし明治六年 秋。 夏が過ぎたと思ったら急激に寒さがやってくる。「これじゃ秋じゃなく、冬になったみたい……」 こう言葉を漏らすのが勝来である。「日にちじゃなく、気温で火鉢を用意してもらいたいわね……」勝来の部屋で菖蒲がボヤいていると、「姐さん、最近は身体を動かさなくなったから寒さを感じるの
第四十九話 接近 春になり、梅乃と小夜は十三歳になる。 “ニギニギ ” 「みんな よくな~れ」 桜が咲く樹の下、禿の三人は手を繋ぎジャンプをする。 「こうして段々と妓女に近くなっていくね~♪」 小夜はワクワクしている。 (小夜って、アッチに興味あるんだよな~) 梅乃は若干、引いている。 &n
第四十六話 袖を隠す者 昼見世の時間、禿たちは采に指示を受けていた。 「いいかい、妓女として芸のひとつは身につけておかないとダメだ! 舞踏、三味線、琴でもいい…… わかったね!」「はいっ!」 三人は元気に返事する。 この冬を越えれば梅乃と小夜は十三歳となる。 菖蒲や勝来は十四歳の終わりに水揚げをし、十五歳になったら客を取